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2020年10月20日

早速のご返事、有り難う御座います。母に代わって感謝します。

早速のご返事、有り難う御座います。

 

私の母が若い頃、看護婦として北海道で働いていたという医院は、貴方のお爺様が経営されていた「種田医院」に間違いは無いと確信しています。

 

何故なら、貴方の父方のお婆様は寺尾家の出身との事。鹿児島の寺尾家は入来院家初代(渋谷定心)と一緒に、関東から薩摩に下向した渋谷一族が祖ですから、昔に遡れば親戚関係でしょうし、下向以後の数百年の間、関東に居た時よりも寺尾家は入来院家と親戚関係が更に深く成ったものと推測しています。

 

母は、その寺尾家出身のお婆様の縁で北海道の種田医院で働いたのでしょう。

 

と言うのは、母の父である入来院家31代当主(入来院重光)は、島津一族と共に国立第十五銀行の株主であり、国立第十五銀行は昭和金融恐慌により、取り付け騒ぎが発生し休業した後、経営破綻し事実上倒産したのですが、島津系一族(入来院家を含む)は倒産するまで何も知らず、結局、大損害を受けました。代表者であった松方巌公爵(元首相松方正義の長男)が責任を取り私財の大半を放出したのを見習い、同様に入来院家の一切の財産を処分しました。初代から31代までに蓄積した骨董品(天目茶碗等)の財産を貨車で五台分、京都の骨董商に売却した様です。当時のお金で70万円とか80万円とか、一族の中で伝聞されてきました。

 

それまでお姫様扱いされてきた母は、ある日突然、父親破産の為に一気に奈落の底に突き落とされ、田舎の人々の冷たい目を避ける為、遠い北海道で働く事に成った様です。その時、寺尾家出身の貴方のお婆様の縁で種田医院に勤める事に成ったのでしょう。当時の母の心中を想えば、本当に辛かった事でしょう。(母は大正5年生まれです)

 

当時の母にとって、貴方のお爺様とお婆様の存在は、「地獄に仏」の心境だったでしょう。

 

母に代わりまして、今は亡き貴方のお爺様とお婆様に「その節は母(旧姓・入来院イク)がお助け頂き、誠に有り難う御座いました。」とお伝えください。

 

先程、姉(次女76)に貴方からのメールの事を伝えました処、姉曰く、「北海道で母さんが働いて居た場所は、兎に角、寒い所だったと小さい頃聞いた覚えが有るよ。寺尾さんという名前も母さん聞いたかも・・・。寺尾医院で間違い無い筈よ」との事でした。

 

次女から本件を伝え聞いた他の二人の姉を含む三人の姉達からも「その節は母がお助け頂き、誠に有り難う御座いました。」と、貴方に伝えて欲しいと電話が有りました。

                     

貴方が帰省の折で結構ですから、墓前に行かれた時、是非、我々4人の「感謝の気持ち」をお爺様とお婆様にお伝えください。

 

因みに、薩摩下向の折、渋谷定心と共に下向したであろう入来の寺尾氏の名前の元は武蔵国鶴見寺尾郷が由来でしょうし、引地は相模の引地川、その他渋谷等、多くの姓名や地名は今でも関東に存在していますね。

 

私が作成した「入来院家に関する資料」を本メールに添付致します。

何かの参考に成れば幸いです。

 

 

追伸

 

山口は、入来副田山口の領主と成った入来院三代目の三男が祖。私の山口家はその庶流山口家です。

今回の帰省の折に調べましたら、私が建立した納骨式現代墓(祖父・祖母・父・母・兄・姉)以外の土の上に現存する江戸中期以後の約30基の墓石を見る限り、士族の戒名と士族の墓でした。

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