マンション情報2021年令和3年2月号

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2021年02月09日

マンション情報2021年令和3年2月号

マンション情報2021年2月号
残寒のみぎり、皆様におかれましても健勝の事と存じます。年が明け、早1ヶ月経過しますが、新型コロナで非常事態宣言がだされ日本国中ことの経過を見守っているところですが、私ごとで恐縮ですが、パーキンソン病の闘病生活も早5年目に突入し、発症してから3年~5年位はハネムーン期間と呼ばれ薬が効きやすいらしいのですが、昨年末頃から仕事上や公私にわたるストレスにより急激に症状が悪化の一途をたどり、おかげさまで再度、真剣に闘病に取り組むべくネットやらユーチューブなどでパーキンソン病の最新治療法などで検索して中国の針治療を銀座で有名な診療の先生に師事して独立して成果を上げてる人を捜し当て、薬以外に有効な治療法として媒体に取り上げられている事を知って5~6店舗経営してる総医院長に相談して見てもらう事になりました。パーキンソン病は元々70代で発症する病気で私が闘病を始めた頃は全国で10万人の患者数でしたが、5年間で20万人以上と倍の伸びを示してます。まさしく高齢化社会の象徴ともいうべき難病に指定されています。それとともに新薬の開発がコロナと同様に急激に開発されつつあります。製薬会社に取ってはドル箱になるので世界的にも競合が激しくなってきています。世の中が最新の医療や栄養学などで平均寿命90才の時代に近づきつつある一方でビルゲイツが5年前に予測した今後13年以内に起きる出あろう7つの予言の1つに、今後人類が1000万人規模で無くなるようなパンデミクスがおこるとすれば核戦争ではなくウィルスだというのが現実的になってきたような気がいたします。今回の闘病により学んだのは1.病は気からと言いますが全てに病気に言えます。2.内外からのストレスが病気を短期間で急激に悪化させた1番の大きな要因である事。3.ハネムーン期間3年~5年は薬は効き目はあるが、その期間を過ぎれば極端に効き目が薄れてくるので、クスリの量を増やすか?回数を取るか?また体調を考えながら新薬に切り替えていく方法があります。新薬も大部改良が進んでますので御病気の進行具合に合わせる必要があります。元々パーキンソン病というのは難病指定があり、当初人によって違うが右もしくは左の手足腕や脹脛がしびれたり麻痺し、痛みやじれったさを感じたりし、字が書けなくなったり、すくみ足で最初の1歩が出ずらく、出始めるとバタ足になって勢いで走ったり、また姿勢は下向きで肩は丸まり少し前に傾き視線も伏し目がちになり、朝は薬の効き目だいいので健常者に見間違うくらいにシャキッとしてるが夕方16:00頃には薬が切れると一気に症状が出るので朝、お会いした方にはまるで仮病を使っているように映るでしょうね?また症状が出たときは体全体が重くなり足が鉛の様に重くなり、発汗し、これまた症状で便秘になりやすく、3日間くらいになるとトイレで1時間は格闘することになる。その後、2年も経過すると今度は最初と反対側の手足が同じような経過を歩み始める。便秘の方はツムラの漢方薬か便秘の薬で大部楽にはなるが水分補給は欠かせず、その調整と薬の調整が上手くいかないときはまた便秘が襲って来ます。またパーキンソン病の判断は専門医でないと難しく似たような症状が出る脳の病気も多々ある見たいなので私の場合2~3の病院を回りましたが分からず最終的に専門医がいる東京医科大学病院の最新の検査でわかりました。ある薬を飲んで脳の取り込み具合で分かるという検査です。発見されたときはかなり悪い状態でしたが、脳内のドパーミンを増やすメネシットといういう薬を服用したらうその様に回復したので一時は治るのではないかと思えた程でしたが、敵も難病の指定をうけてるだけあってそんな夢は一気に打ち砕かれました。敵もさるものっで必ず反撃があります。ハネムーン期間は一時の夢にすぎません。わたしがパーキンソンだと分かったのは妻が家庭の医学書で私の症状が8割がたパーキンソンに見られる症状が出ていたため先の検査前にはほぼ確信していたのですが、やはりなという感じでした。そこから闘病が始まり現在に至るわけです。何が原因かは明確には分かりませんが加齢やストレスで脳内部質のドパーミンが減少し運動神経への伝達がスムーズにいかずそれにより筋肉が固まる病気との事。薬の量を増やすと幻覚を見たり進行が進むと手足の震えが出ることもある。また足の筋肉が固まるとつったり指先が硬直する為、ほぐれるまで痛みが伴う。闘病内容は月曜日朝8:30~9:30までマッサージに来てもらい。水曜日の9:00~12:00までリハビリに通い金曜日は針治療で新橋まで
通う生活です。また朝から1日4~5回は薬の投与が必要です。漢方や降下剤・尿酸値を下げるもの乳酸菌などの薬ですが乳酸菌は腸内の環境を整えることから効果が認められてます。また漢方薬には精神不安、不眠、イライラ等の症状を改善するものもあります。昨年末から年始にかけ急激に悪化していった症状も新薬の投入や針治療・漢方等で改善しつつありますが本当にひどい状態の時はめげそうになる事もしばしばあります。闘病といったのは20近い症状とのたたかいであり、時には腰痛であったり,吐き気であったり、飲み込みの悪さだったり61歳になった折、老化ともリンクした戦いに挑んでます。少なからず年を取ると病気との闘いは多かれ少なからず誰にもあることなのでそれでも頑張って天寿を全うするところに人間としての意義があると考える今日この頃です。また話は変わりますが、以前本能寺で亡くなった種田亀(おいた かめ)の話はしたことがありますが、最近ネットサーフィン(ユウ―チューブ)で桶狭間の戦いで今川義元に一番槍をつけたのは服部小平太だというのは有名な話ですが、その時に義元に膝を切られ義元の背後から助太刀した毛利新介が義元の首を取った話がでていて新介は信長の馬回り衆を勤めていて後には信長の小姓として取り入れられたが首を取ろうとしたところ義元に指をかみちぎられ刀が使えなくなり、その後は外交面での文官的な仕事に携わるようになる。また新介は亀丸と同じ信長の小姓ということもあり、京都旅行の際に撮った本能寺の戦没者合祀墓の種田於亀の右隣に毛利於岩とかかれており身分や経歴も調べると似ていて亀の家系は最初は国人の土岐成頼に仕えのち斉藤道三に属しその後、織田信長に仕え、亀の父は森右近大夫の許に寄りとあるので、森欄丸のことだと推測されるが、新介はのち、本陣と前線部隊の間を行き来したり、織田信長を直接護衛する黒母衣衆の一人となっている。ちなみに、前田利家は赤母衣衆であったとのこと。1582年6月、明智光秀による本能寺の変の時は、織田信忠を守って二条城にて明智勢に抵抗したが討ち死にしたとある。                            
                                                                           
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